司法書士として18年。あの時代を生きたからこそ、今年最後に語ります。

司法書士として18年。あの時代を生きたからこそ、今語れること
私が司法書士に合格したのは平成19年。
当時は学生で、社会のことも業界のことも深くは分かっていませんでした。
でも、司法書士として18年を歩いてきた今だからこそ、確信を持って言えることがあります。
司法書士には、時代を読む力が必要であること。
そして、 資格に頼らず、学び続ける姿勢こそが未来を左右すること。
⸻ ■ 景気の絶頂で駆け出した平成19年
私が合格した頃の司法書士業界は、とにかく景気が良い時代でした。
不動産市場は活況。 過払金請求もピーク。
業界全体が勢いに満ちていて、 新人の私でさえ 「この仕事はずっと安定しているのかもしれない」 そんな錯覚を抱いてしまうほどでした。
⸻ ■ リーマンショックで一転、業界全体が暗転
しかし、その空気は長く続きませんでした。
リーマンショックにより不動産取引は一気に冷え込み、 不動産登記に依存していた多くの事務所が苦境に立たされました。
私の勤務先でも体制が大きく変わり、勤務日数の削減や給与調整など、 若手ながら重い現実を突きつけられる日々。
「仕事が一夜にして減ることがある」 その衝撃を身をもって知りました。

⸻ ■ 今でも忘れない、あの“異常な時代”を象徴する出来事
その頃、今でも強烈に記憶に残っている出来事があります。
取引先から大量に押し付けられた映画チケットが、給与の一部として配られたこと。
今思えば明らかに異常です。 でも、当時は誰も何も言えませんでした。
事務所も苦しく、取引先も必死で、 みんなが「どうにかこの波を乗り越えよう」としていた時代。
大量に出回っていたため、買い取り価格は数百円。
手にした瞬間、胸の中に静かな絶望のようなものが広がったのを覚えています。
あれは、私が忘れることのできない“あの時代の象徴”です。
⸻ ■ 過払金バブルの絶頂で見た「異様な熱気」
その後、私は債務整理専門の事務所に移りました。
ここでは景色が一変します。 過払金バブルの絶頂。
案件は毎日のように舞い込み、 売上は更新され続け、 業界は熱気と勢いに包まれていました。
その熱気は、時に常識から外れた光景すら生み出していました。
海外で長く過ごす経営者の話が珍しくなかったり、 忙しすぎるあまりスタッフは特別待遇を受けたり。
私自身も、20代前半では考えられないような、 “まるで景気の波に飲み込まれるような日々”を経験しました。
けれど同時に、 依頼者が必死に返済してきた大切なお金で業界が潤っている という現実は、心のどこかでずっと重く響いていました。

⸻ ■ 成長を求めて、そして独立へ
そんな中で、私は独立を決めました。 業務は大量にありましたが、
「このままでは司法書士として成長できない」
そう感じたからです。
ほどなくして過払金バブルは完全に終焉し、 かつての勢いのまま拡大していた事務所の多くは消えていきました。
私は、それらを身近で見ていました。
時代は変わる。
そして、変化に対応しない事務所は簡単に消えてしまう。
この現実が、私の仕事観の土台になっています。

⸻ ■ 18年の節目に、今あらためて思うこと
激動の時代をくぐり抜けてきた今、強く思うのは、 司法書士は、時代の波を読むこと。
資格に安住せず、自ら学び続けること。
この2つが、どんな環境でも自分を支えてくれるということ。
平成19年に合格してから18年。 あの時代の異常さも、苦しさも、華やかさも、 すべてが今の私をつくる大切な経験でした。
そして、これから司法書士を目指す方、 若い司法書士の皆さん、 同じ業界で頑張る仲間たちに伝えたいのは
—— 変化の大きい時代だからこそ、 自分の力を磨き続けることが何よりの武器になる。
その想いを込めて、このコラムを書きました。
司法書士 進藤亜由子
わたしたちは皆様のお困りごとを解決する
福岡の司法書士事務所です。
ふくおか司法書士法人では、不動産登記、商業登記、債務整理、後見業務などに専門のスタッフを配置し、依頼者のためにふくおか司法書士法人で対応しうる限りの支えになることを心がけております。
また、より高い専門性を生み出すために弁護士、税理士、社会保険労務士等の他士業の先生方とも協力し合いながらワンストップで業務にあたっています。
事務所設立時の「誰かの支えになりたい」「目に映る困っている人の力になりたい」という想いは、今も変わらずわたしたちの強い原動力となっています。















